配信者のTを、ご存じの方もいるだろう。新しいガジェットを買っては雑に検証し、雑に笑わせる、登録者数それなりの、どこにでもいるタイプの男だ。
騒動の発端は、およそ一ヶ月前。彼が導入した、業務用の大型3Dプリンターの検証企画だった。彼は自分の全身を3Dスキャンし、こう銘打った動画を上げた。「等身大の"俺"のフィギュア、作ってみたw」
私は念のため、動画に映り込んでいた機体の型番を調べてみた。方式は、いわゆるFDM――熱溶解積層法。ノズルから溶かした樹脂を、下から一層ずつ、豆腐を重ねるように積み上げていく、あの仕組みだ。積層方式である以上、造形物の表面には必ず「積層痕」と呼ばれる、地層のような細かい縞が残る。等身大ともなれば、出力に要する時間は、単純計算で数百時間。何日も、何日も、機械は回り続ける。
だからTは、その後の配信でも、部屋の奥――背景に、少しずつ足元から立ち上がっていく「プラスチックの自分」を映したまま、いつも通りの雑談を続けていた。
膝まで。腰まで。胸まで。
回を追うごとに、白い樹脂の"彼"が、背景で静かに背丈を伸ばしていく。手前で無邪気に喋る本人の背後で、光沢のない、のっぺりとした複製が、ゆっくりと人のかたちを取り戻していく。今にして思えば、あの絵面そのものが、すでにどこか、まともではなかった。
だが当時、それを不気味だと言う者は、ほとんどいなかった。私も含めて。
こちらを、見ている
異変を最初に見つけたのは、いつだって視聴者のほうだ。
私は仕事柄、アーカイブを一本ずつ落とし、コマ送りで検証する癖がある。そして――背筋が冷えた。フィギュアの顔の角度が、配信のたびに、確かに違うのだ。初日は虚空を見ていたはずの視線が、日を追うごとに、少しずつ、カメラのほうへ――つまり、こちらへ、向いてきている。
ロボット工学者の森政弘が一九七〇年に提唱した「不気味の谷」という概念がある。人工物が人間に似れば似るほど好感度は上がるが、"ほぼ人間"に達するある一点で、好感は一転、強烈な嫌悪と恐怖に転じる、というものだ。背景のあれは、まさにその谷の底に立っていた。人の形をして、人の顔をして、しかし決定的に、人ではない何か。
Tは、いつもの調子で笑い飛ばした。「ただの影のイタズラだって」「はいはい心霊心霊w」。だが――その笑い声そのものが、動画を追うごとに、明らかに変質していった。人の声にあるはずの湿り気が、一枚ずつ抜け落ちて、代わりにカサカサとした、乾いた電子ノイズが混ざり込んでいく。喉の奥から水分が失われていくような、あの声。私は音声波形を確認したが、倍音の構造が、明らかに人の発声器官のそれから、ずれ始めていた。
コメント欄の空気も、完全に変わっていた。
「ねえこれ笑い事じゃなくない?Tの声、なんかおかしいよ」
「フィギュアの目、光を反射してる。プラスチックってあんな光り方する?」
「怖い。もうこの配信、背景に何か映るたびに心臓が痛い」
冷やかす声は、もう、ひとつもなかった。
「なあ、背景のフィギュアさっきから位置おかしくない?」
「今、一瞬こっち見た。カメラ目線になったよな絶対」
「昨日の動画とポーズ違う。腕の角度、確実に変わってる」