と、ここまで書いた原稿を、私は危うく、そのまま世に出すところだった。
あとは、トップに載せる画像を、一枚選ぶだけ。私はあの「ネタばらし動画」から保存しておいた、スクリーンショットのフォルダを開いた。笑顔でカメラに近づき、こちらに手を振る、T。いい表情だ。これをトップに使おう。そう思って、顔まわりを少しトリミングしようと、何気なく、画像を拡大した。
その瞬間、私の指は、マウスの上で凍りついた。
拡大された彼の顔は、皮膚をしていなかった。
頬も、鼻筋も、唇も、額も――笑っているその顔の表面すべてが、一定の間隔でびっしりと横に走る、無数の縞で、覆われていた。等高線。地層。ノズルが樹脂を一層、また一層と積み上げていったときにできる、あの規則正しい段差が、顔じゅうを、隙間なく走っていた。
積層痕だ。
私は思わず、自分の目を疑った。そして、震える指で、さらに拡大した。指先には、渦を巻く指紋の代わりに、水平に積み重なる層の断面が。瞳の虹彩には、放射状の繊細な筋の代わりに、ノズルが一周ずつ描いた、同心円状の溝が。
――ありえない。
私は、旧知の造形師に、すぐさまこの画像を送りつけた。返ってきたのは、短い一文だった。「こんな解像度、この世のどんな3Dプリンターにも出せない。積層ピッチが細かすぎる。人間の毛穴より細かい積層なんて、物理的に不可能だ」
不可能。だが、現に、そこにある。
私は昔、ある民俗学者から、世界中に散らばる「入れ替わり」の伝承について聞いたことがある。同じ姿をした者が現れ、いつのまにか本人がそちらに"すげ替えられて"しまう――ドッペルゲンガー、生き写し、影武者。それらの伝承に共通するのは、いつも、たったひとつの構造だ。周囲の誰も、入れ替わった瞬間には、気づかない。
あの日、無人のLIVEのあと、この世界から姿を消したのは。
――Tのほうだった。
そして数日後、けろりとした顔で戻ってきて、「全部、演出でしたw」と、私たちを笑って安心させてくれた、あの"T"は。
椅子に座っていた、白い複製だった。種明かしで恐怖を"エンタメ"へと綺麗に回収し、誰もが彼の生存を祝ったあの瞬間には――もう、とっくに、入れ替わりは、終わっていたのだ。
Tは今日も、いつも通り、動画を更新している。コメント欄は、平和そのものだ。
誰も、気づいていない。これから先も、たぶん、誰一人。
念のため、書き添えておく。
あなたも、一度だけでいい。手元にある、自分の自撮りの一枚を――普段よく撮る、なんでもない一枚を――限界まで、拡大してみてほしい。
そこに、縞が、見えないことを祈っている。
「最近のT、なんか肌ツヤ良すぎない?w」
「わかる。むしろ前より生き生きしてる」