私は、落選した応募者の一人に会うことにした。当時オーディションを受けたという女性、仮にCさんとしておく。今はもう、演劇とは関わっていない。会社勤めのかたわら、時間を作ってくれた。
Cさんは、あの日のことを覚えていた。「一度だけ、審査で演じました。眼帯をつけて、渡された場面を。それきり、あの役はやっていません」。落ちましたから、当然ですけど、と彼女は軽く笑った。落選したこと自体を、彼女は特に気にしていないようだった。もう十年も前のことだ。
ところが、話を続けるうちに、彼女は妙なことを言い出した。「変な話なんですけど。あの台詞、今でも全部、覚えているんです。台本を持って帰ったわけでもないのに。一度、その場で目を通しただけなのに。なんでか、知っているんですよね、あの役の言葉を」。役に入り込みすぎた人は、そういうことがあるって聞いたこともあります、と彼女は付け加えた。自分でも、うまく説明はつかない、という顔だった。
覚えているのは台詞だけではない、とCさんは言う。「あの役の、立ち方とか、お辞儀の角度とか。頭で覚えているというより、体が覚えているみたいで。ときどき、道で知らない人に声をかけようとして、はっとすることがあるんです。あ、今、あの役の入り方をしていた、って」。彼女は、そのことをあまり深刻には受け止めていないようだった。「昔の癖ですよね、きっと。でも、たった一回、審査で演じただけの役なのに、なんでこんなに残っているんだろうとは、たまに思います」。
演じられなかった役が、演者のどこかに残り続ける。稽古場で半ば冗談のように語られてきたその言い回しを、Cさんは自分の言葉として、まったく別の場所で口にしていた。彼女は、その言い回しが業界の俗説であることも知らなかった。