眼帯 目撃情報 未解決 第4話(最終話)/全4話 2026.07.18

216人の行方——全国から相次ぐ「眼帯の女性」目撃情報(最終話)

前話までのあらすじ

全国に現れる眼帯の女性は、十年前の実験演劇『視差』の役だった。私はその役を演じた唯一の主演俳優に会う。彼女は、演じているとき「自分でやっている気がしない瞬間があった」と言い、噂のことにも驚かなかった。そして帰りぎわ、ぽつりとこう漏らした——「オーディション、すごい人数だったので」。

216人の行方

「オーディション、すごい人数だった」。彼女はそれ以上の説明をしなかったし、私も、その場ではうまく問い返せなかった。喫茶店を出て、駅までの道を歩きながら、その一言だけが頭の中に残り続けた。主演は一名。役は一つ。それなのに、なぜ「すごい人数」なのか。オーディション。当たり前の言葉のはずなのに、うまく飲み込めなかった。

私は、『視差』の制作に関わっていたスタッフを探すことにした。何人かにあたって、ようやく、当時の裏方を務めていた元制作スタッフの男性に行き着いた。彼は、資料の一部がまだ手元に残っていると言い、その中から、オーディションの記録を見せてくれた。

主演オーディションへの応募者は、217名。小劇団の一公演の、たった一つの主演枠に対して、217名だった。「あのときは、なぜか、やたらと応募が来たんですよ」と男性は言う。「うちの規模で、三桁いくなんて、後にも先にもあの回だけでした。今考えても、なんであんなに集まったのか、よくわからない。役者仲間の口コミにしても、多すぎた」。

演劇のオーディションで、一つの枠に何十人、何百人と応募が集まること自体は、珍しくはない。人気の公演なら、倍率が三桁に届くこともある。ただ、それは名の知れた劇団や商業公演の話だ。二百人足らずしか客の入らない小劇場の、無名に近い実験演劇に、217名。その数字は、どう考えても釣り合っていなかった。

選ばれたのは、一名。第3話で私が話を聞いた、あの俳優だ。残る216名は、選考で落ちた。

審査の形式について、男性はこう説明した。応募者一人ひとりに、その場で、あの役の一場面を実際に演じさせたのだという。眼帯の女性の場面。全員が、審査員の前で、一度だけ、あの役を演じた。台本の一部を渡され、少し目を通してから、その場で。男性が見せてくれた選考メモには、審査員の手書きの書き込みが残っていた。そのうちの何枚かを、そのまま引く。

MEMO

『視差』主演オーディション 選考メモ(抄)

候補者、指定していない箇所で三秒の間。他の候補も同じ位置で止まる者が続く。こちらは指示していない。

演技後、しばらく放心状態。声をかけても反応が遅い。本人談、「自分じゃない人が喋っていたみたいだった」。

この役、深く入り込む候補が多い。休憩を長めに取ること。

男性は、選考のときの雰囲気を、今でもよく覚えていると言った。「一人ずつ、部屋に呼んで演じてもらうんですけどね。順番に見ていると、だんだん、みんなが同じ人に見えてくるんですよ。もちろん、顔も背格好も違う。違うんだけど、あの役をやり始めると、間の取り方も、去り際も、そっくりになる。指導したわけじゃないのに。審査員のあいだでも、途中から、なんだか妙だね、という話になっていました」。何がどう妙だったのか、と聞くと、彼はしばらく考えて、「うまく言えないんですが、選んでいるというより、選ばされているような気がしてきて」と言った。それで、と私が続きを促すと、彼は「いや、なんでもないです。もう昔の話ですから」と話を切った。

演劇の世界には、役に入り込みすぎることを戒める古い言い回しがいくつもある。演じられなかった役が演者のなかに残り続ける、といった俗説も、昔から役者のあいだで語り継がれてきた。役が抜けない、役に持っていかれる——そういう言葉は、稽古場では半ば冗談として使われる。選考メモの書き込みも、その業界の言い伝えの範囲で読むこともできる。できるのだが、217という数字が、私の中で、第1話から並べてきた証言と、静かに結びつき始めていた。